福島おうえん勉強会

チェルノブイリ被災地訪問報告
−ベラルーシ・ノルウェーで見た「放射線と向き合う暮らし」−

第1部 「ノルウェーの被災地における畜産業と暮らし」

4.ノルウェーを案内してくださった人々の紹介

スライド 写真:アストリッド・リーランド(Astrid Liland)さん

さて、今回のノルウェーを案内してくださった人々の紹介ですが、アストリッドさんはノルウェー放射線防護庁の職員で、大学を出てから1999年以来、そこで働いています。

安東さん曰く「あねごタイプ」の人ですね。私もそう思いました。彼女はダイアローグセミナーで日本に来たこともあります。

スライド 写真:ラヴランス・スクテルード(Lavrans Skuterud)さん

それから、ラヴランス・スクテルードさんです。彼も放射線防護庁の職員で、博士号を持つ研究者です。放射線防護庁に20年間勤務しています。

彼もダイアローグセミナーで日本に来たことがありますし、実は来週末に第5回目のダイアローグセミナーがありますが、それにもサーミの方と一緒に来日して参加するそうです。

スライド 写真:レイフ(Leif)さん

国の機関で食品の安全を監督する「食品監督庁」という機関がありますが、そのヴァルドレス事務所の所長をしている人がこのレイフさんです。

スライド 写真:トール・ヴァン(Tor Wang)さん

それからトールさんがその事務所の職員で、主に羊のセシウム濃度を生きたまま測る生体計測を担当していました。もともと獣医の人です。

スライド 写真:食品安全庁 ヴァルドレス地方事務所 建物

そしてこれが、私たちが訪れた、食品監督庁のヴァルドレス地方事務所です。

スライド 写真:アンヌマリー・ヘッレ(Annu Mari Helle)さん

そして最後に登場するのがアンヌマリーさんという女性で、食品を分析する、保健所に相当する機関で働いていました。

チェルノブイリ事故後にこの地域で住民の人々が大きな不安を抱きましたが、その混乱の中で大きな鍵を握ったのが彼女でした。

実はノルウェーでも、チェルノブイリ事故直後は初動が遅れたために、ヴァルドレス地方の汚染が明らかになるまでに1ヶ月間かかりました。首都オスロでは、実は汚染が軽かったために中央当局の役人は、特に対策は必要ないだろう…と甘く見ていました。しかも政府はモニタリング拠点を人口密度の高い都市部に設置したのです。

そんななか彼女(アンヌマリーさん)の大きな懸念というのは、地元で取れる牛乳の汚染だったそうです。当初はヴァルドレス地方の汚染情況が判っていなかったために、充分検査されないまま、そのまま消費されていました。特に農家の牧場の牛乳を、その家族が自家消費していたケースです。

ちなみに牛乳の汚染といっても、ヨウ素の汚染はこのときは問題にならなかったそうです。というのも事故後の数週間というのはまだ牛の放牧期が始まっておらず、ヨウ素で汚染された草を食べた牛がいなかったからです。ですから牛乳の汚染というのはもっぱらセシウムによる汚染のことです。

あるとき、妊娠中の女性が2歳児を連れて、自分の牧場で搾った牛乳を、このアンヌマリーさんのところに持って来ました。そして、この保健所のアンヌマリーさんが検査してみると、非常に高い濃度の放射性物質が検出されたそうです。

「こんなものを飲んでいては病気になってしまう!」とビックリしたことがきっかけで、このアンヌマリーさんは放射性物質の汚染の問題に真剣に取り組むようになった、と説明してくれました。

当時ヴァルドレスには放射線測定器がなく、採取したサンプルはすべて車で5時間ほどかかるリレハンメルという街まで持って行かなければなりませんでした。リレハンメルというと冬のオリンピックが開かれた場所なんですが、そこにしか測定する施設がなかったそうです。しかも、そうやって測っても、すぐに結果が公表されるわけではなく、地元の人たちは大きな不満を抱いていました。

スライド 写真:鞄の中に測定器を持っているアンヌマリーさんと男性

アンヌマリーさんら地元の人たちは、ヴァルドレス地方にもモニタリング拠点を設置して欲しいと要求しました。結局地元の人々でお金を寄せ集めて、1986年9月に測定機器を自分たちで購入することになりました。

これがその機械なんですけれども、キャンベラ製で核種の同定までできるそうです。

「今ではこれと同じ性能の機械はポケットに入るくらいの大きさだ」と彼女は笑っていました。

スライド 写真:測定器

自分たちで購入した測定機器というのは、このヴァルドレス地方で大いに活躍することになりました。アンヌマリーさんはこの機械を使って様々なサンプルの測定もしましたし、リュックに入れて担ぎながら屋外での放射線測定も行ったそうです。

でも、この機械はもともと実験室のなかで使うために作られていたそうなので、彼女がリュックに入れて屋外で使ったということをメーカーの人が後で知ると「そうか、そんな使い方もできるのか」とビックリされたそうです。

この計測器を自力で調達して自分たちで放射性物質を測れるようになったのは、地元の人々にとって非常に大きな安心感をもたらした、と彼女は言ってくれました。

つまり、見えないものがこの測定器によって見えるようになった。そして自分たち自身で測れるという安心感につながって行ったということです。

それから地元の人々は、中央当局、ノルウェー政府に対して大きな不信感を抱いていましたが、地元で献身的に食品の安全検査をおこなっていた保健所のアンヌマリーさんらには、住民の人が「中央の人たちは信頼出来なくても、あなた方、地元の保健所の人たちは信頼できる」と言ってくれたそうです。

確かにアンヌマリーさんというのは、自分でその地域に住みながら自分で子育てもしていたので、住民の人も安心したわけです。それから信頼したわけです。

アンヌマリーさんは地域の土壌の汚染や食品の汚染を検査して、その結果を公共ラジオの地域チャンネルでこまめに放送したらしいです。ただ、谷の多い地域なので、天候によっては電波が届かない地域もあったそうで「聴こえなかったから再び放送してくれ」という電話が住民からあるくらい、みんなから非常に頼りにされていたそうです。

スライド 写真:アンヌマリーさんが測定の準備中

私たちがインタビューをした次の日に、彼女は自分が以前働いていた食品検査のための保健所の施設を案内してくれました。

現在は運営が民間委託されているそうですが、1986年の当時は国の機関で、ノルウェー各地に70以上のこういった検査施設がありました。そして国が放射線防護について何か通知を行うときは、ここを通じて全国へ伝達されました。つまり既存の組織をうまく活用することで、全体として非常に効率の良い放射線防護の政策が取られたということです。

このときに、私たちのために彼女が用意してくれたのは、ムース、つまりヘラジカの肉でした。地元の猟師が穫ったものだそうです。

スライド 写真:アンヌマリーさん手に検体を持っている

これを細かく切って200mLの容器に詰めて10分間機械にかけると、1㎏あたり10Bqまでの計測が可能なんだそうです。ムースの検査には、だいたい首筋の肉を使います。というのも商品価値が低いからです。

スライド 写真:PCの前のアンヌマリーさん

機械に入れて10分待つと結果が出てくるわけですが、

スライド 写真:測定結果のプリントアウト

結果はセシウム137が1㎏あたり26Bqで誤差が4.4Bqでした。それからカリウム40も検出されて、これは104Bq/㎏でした。ノルウェーでは基準値が600Bq/kgに設定されているので、まったく心配なく食されるレベルです。

実はこの前の日に私たちもムースのシチューを食べていましたが、おそらく同じくらいの汚染度だったんじゃないかと思います。

スライド 写真:現在の測定器の全体像

この機械はNaI(エヌ・エー・アイ)シンチと呼ばれるタイプらしいですが、キャンベラ製です。現在の機械の値段は、本体が日本円換算で40万円、ソフトが40万円、併せてだいたい80万円だそうです。

私はこの分野のことは良く判りませんが、安東さんによると日本で使われているNaIシンチは数百万円もするそうです。しかも必要な検体が200mlではなくて、1L(リットル)だそうです。

スライド 写真:測定器写真 一部拡大

ただこの機械は200mlでOKで、しかも10分間の計測で最低の検出限界が1㎏あたり10Bqなんだそうです。ですので私たちは非常に驚きました。誤差も1%程度です。ですから日本でも、世界的に流通して大量生産を行っているキャンベラ社の製品を使ったら、もしかしたら測定機器をもっと安く普及させることが出来たかもしれません。

スライド 写真:自家製校正用線源の写真

これはムースの胃の内容物から作った自前の較正用線源だそうです。蓋に書いてあるように、作成日は2000年の4月1日です。作成した時点では、1㎏あたり1125Bqでした。その後、物理的半減期どおりに誤差なく線量が減少しているそうです。

すべての測定の前後に必ずこの線源を測定して、測定機器がちゃんと機能しているかどうかを確認するそうです。

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