第1部 「ノルウェーの被災地における畜産業と暮らし」
3.ヴァルドレス地方の状況
先ほど言ったように、ノルウェーでは2011年になって初めて航空モニタリングをして汚染マップを作ったわけですが、それによって実はセシウム濃度が非常に高いホットスポットがこのヴァルドレス地方にあったことが、わかりました。
2011年の段階では、もちろんチェルノブイリから20年以上経っているわけで、その地域の放射線量もある程度、減衰していますが、逆算して事故直後はどうだったかを推計してみると、だいたい1㎡あたり75万Bqになったそうです。ここには雨などによる減少も含まれています。
その場所に連れて行っていただきました。
10月初めで、集落のあたりは最初の写真にあったような、非常にきれいな写真がある季節なのに、この地域はもう雪が降っていてあたり一面は雪景色でした。
これ、私なんですが、非常に寒くて線量計を持って30秒も我慢していられないくらいに、手が凍えました。
雪の遮蔽があると線量も実際より低くなってしまうので、雪がないところで測ってみると、
今でも毎時0.14μSvでした。
やはり少し高めで、地表にセシウムが比較的多いことがわかります。
幸いにも、そのホットスポットというのは人々が住む集落に近いところではなく、険しい丘陵地帯でした。ただし、こういった丘陵地帯は家畜の放牧に使われている場所でした。だからそちらで問題になりました。
ちなみにノルウェーには国内に原発がなく、またチェルノブイリからは遥かに離れた場所にあるために、ノルウェーの人たちにとってチェルノブイリの事故というのは、見えない原発からいつの間にか放射能が降って来た、というものだったと言います。ですから、汚染の正体が目に見えないものであるがために、非常に大きな不安感を呼び起こしたのだと、私たちは感じました。言ってみれば、知らないあいだに放射性物質が降って来て、気付いてみたら自分たちの生活の場、仕事の場が汚染されていた、という認識だと思います。
これは、もしかしたら日本の今回の事故の感覚とは違うのかもしれません。
さて、ノルウェーで一番汚染がひどかった自治体の土壌セシウム濃度が、平均で1平米㎡あたり15万から30万Bqで、最高でも75万Bqだったわけですけれども、
事故のあった1986年には、汚染の著しい肉やキノコが検出されました。
たとえばトナカイですと1㎏あたり15万Bq。
それから羊の肉ですと、1㎏あたり4万Bq。
キノコですと4.5万Bq/kgというのが平均的な値で、最大で100万Bq/kgとか200万Bq/kgとかいうような高い汚染もありました。
あと淡水魚が3万Bq/kgでした。
これがトナカイの肉に含まれるセシウムの濃度ですが、1965年から追ったものです。
折れ線の一つ一つがひとつの地域を表しています。
まず、この1960年代に一度高くなっている地域がありますが、これは核実験による影響で、このときは北サーミの人々やその地域のトナカイが影響を受けました。
それから、1986年のチェルノブイリ事故でセシウム濃度が急激に上昇したのは、まず南サーミの地域のトナカイでした。
そしてこの一番高かったのが、実は私たちが訪れたヴァルドレス地域のトナカイでした。
事故初年に、平均値で1キロ㎏あたり3万5000Bqに上昇しています。
その後、急激に下がるわけですが、2000年代に入ってからも3000Bq/kgから4000Bq/kg台を推移しています。
これに対してノルウェー政府が決めた食品の基準値は、まず一般食品が1㎏あたり600Bqでした。日本の基準値の6倍ですね。そして、乳製品や幼児用食品は370Bq/kgでした。
それから一般の人々が食べる機会の少ない、トナカイや野生動物の肉、淡水魚は、当初は当初600Bq/kgに設定されたものの、事故の年の秋には6000Bq/kgに引き上げられ、その後3000Bq/kgに引き下げられ、今に至っています。
日本の基準値よりも遥かに高いことが一見して判りますけれども、それでもたくさんの畜産物や酪農製品がこの基準値を超えたために廃棄処分になりました。
参考のためにスウェーデンの基準値も紹介します。スウェーデンでは一般食品が300Bq/kg、トナカイ・キノコ・淡水魚・ベリーが1500Bq/kgとなっています。
やはりこれらの食品は、食べる機会や量が年間を通してみると非常に限られているので、高い数値を認めるということになっています。
再びノルウェーに戻りますが、この地図は地表の汚染がどのように推移していったかを示しています。
1986年、それから95年、それから2005年です。
ちなみにこの、2005年の土壌の汚染度はどのくらいかというと、この地図では一番濃い赤色が1平米㎡あたり4万Bqを示していますけれども、事故から20年近く経った2005年の段階でもそのような地域がヴァルドレス地方と、南サーミの人たちが住む地域に多く残っていることがわかります。