福島おうえん勉強会

第1部『福島で生きるための放射線知識』
佐藤順一(郡山市在住)

あいさつ

司会:では、今から「ふくしまの話を聞こう」を始めさせていただきます。最初に主催を代表しまして細川の方から話を、あいさつをお願い致します。

細川:皆さま、今日は暑いなかをお集まりいただきまして、ありがとうございます。本来なら、「福島おうえん勉強会」主催のナカイサヤカがごあいさつすべきなんですけれども、体の具合が悪くて入院しておりまして、代わりに代表代行を務める私がごあいさついたします。

元々この「福島おうえん勉強会」は、放射線の影響が心配な小さなお子さんをお持ちのお母さんたちの疑問に応えるような勉強会を、東京でやっていこうということから始まりました。講演会などで先生方のご意見を聞いてもどうも腑に落ちないことが多い、これを消化するには小さな勉強会で悩みを打ち明けながらやればいいのではないか、と集まりを企画したのが最初になります。それで、今回は福島で活動されている方たちをお呼びしてその話を聞こうということになりました。

去年の3月の事故で原子力発電所の建屋が次々と爆発して放射能が流れ出しましたが、あのときは皆さんもかなり恐怖を覚えたと思います。放射能で人がバタバタ倒れるんじゃないかと心配していたんですけれども、幸いなことにそういうことはなく、現在に至って東京のほうはだいたい大丈夫かな、という気にはなってきました。

では、原発に近い福島はどうなんだろう、現地の方たちはどういうことを考えて、どういう生活をしているのか、ということを、私たち東京近辺にいる人間は学ぼうと、市井で活動を続けるお二人をお招きしました。では、よろしくお願いします。

司会:ありがとうございました。では、まずは「福島で生きるための放射線知識」というタイトルで佐藤順一さんにお話しいただきたいと思います。お願いします。

講演

はじめに

佐藤:ただいまご紹介にあずかりました、郡山市で「佐藤塾」という学習塾を経営している佐藤順一といいます。それではまず、そもそもなぜ単なる塾の教師である僕がこういうふうにお話をすることになったのかという経緯を、簡単に説明させていただきます。

去年の3月11日に地震が起き福島第一原発が水素爆発を起こして、僕が住んでいる郡山市にも放射性物質が飛んできているというニュースが流れました。最初は情報がまったくなかったので、僕自身も非常に不安な気持ちでテレビのニュースを見たり、ツイッターで情報収集したりしながら心配していたんですが、そのときに、塾で教えている生徒たちから携帯電話やパソコンのアドレスにメールがたくさんきていたんです。

僕は元々物理学を専攻していて、偶然ですがγ線検出器の開発をテーマに卒業論文を書いていて、そのあと修士課程に進んだときも宇宙物理でX線望遠鏡の開発をやっていましたから、元々ある程度放射線について知識があったんです。そのことを生徒たちも知っていたので、「今の福島や郡山は大丈夫なんでしょうか?」「ここにいたら私たち危ないんですか?」「これから原発はどうなっちゃうんですか?」という質問がたくさんきていて、子供たちが非常に不安がっていることがわかったんですね。それで「これは僕が不安がっている場合じゃないな」と思って、真面目にいろいろ調べ始めたんです。

現状の郡山市の放射線量とか、福島第一原発がどういう構造になっていて、現在どういう状況になって、今後どう変わっていく可能性があるのか、というのを自分なりに考えながら資料を作成したりしました。それで、3月の後半に入った段階で放射線量がだんだん下がっていっているのが、グラフを取っていてわかったんですね。最初に放射性物質が飛散したときから県が発表する放射線量を毎日プロットしてグラフを作っていたんですが、その形が放射性ヨウ素の半減期のグラフと非常に似ていたんです。大体半減期のグラフの形通りに数値が減衰しているということは、最初の事故の際に放出された放射性物質が残っているだけで、これからは線量が下がっていくんじゃないか、と予想することができました。

測定値を図に書きこむと半減期のグラフと同じ形になった。つまり新たな放射性物質の放出はない!
「放射線について学ぼう(PDF)」より

それで、4月初めくらいの時点では郡山市はパニック状態で、マスクをしないと外にも出られないし、放射性物質が身体に着いてしまうかもしれないからと、誰も外を歩いていないような状態だったんですが、僕は「少しでも不安を払拭してやろう」と思って、あえてマスクをせずTシャツ・ジーパン姿で自転車に乗って「そんなに最悪な事態ではないですよ」ということを近所に説明して回ったんです。僕の塾には近所の子たちが来ていることが多いので、最初はその父兄の方々のお宅を回ったりしていました。

それでもどんどんどんどん不安の声や質問が集まってくるようになったので、「じゃあ僕の知っていることをご説明いたしますので、塾のほうに集まってきてください」というふうに言って、塾のほうで説明会をやったんです。その父兄の方のなかに銀行の支店長さんがいて「銀行の債権者の集まりでお話をしてください」と言われたり、「近所の中学校でぜひやってください」と言われてお話をしたり、講演も去年10回ぐらいやることになりました。僕はただの塾の先生で、今まで講演なんてやったこともないですしやるつもりもなかったんですが、「お願いされたらとりあえずお応えするようにしよう」と決めていましたので、あちこちでお話をしていました。

巡り巡って今回のようなとても大きな会になってしまったわけですが、そういうふうに県内のいろいろなところでお話をさせていただく機会がありましたので、福島県のお母さん方の声については、僕以上に聞いている人はいないんじゃないかというくらいで、これに関しては自信があります。

たとえば、郡山市に「プチママン」という子育て支援のNPO法人があって、そこで講演を依頼されて4月25日に100名ほどのお母さん方の前で講演する機会があったのですが、そこでアンケートを取らせていただきました。今日はそのアンケート用紙を持ってきていますので、それもお話に絡めて、福島県のお母さん方がどう考えているのか、福島県について他県の方にどう理解していただきたいのか、ということも含めて説明していきたいと思っています。

基本的な知識からわかりやすく説明

佐藤:では最初に、普段僕が放射性物質の説明で使用しているスライドを見ていただきたいと思いますが、このスライドのファイルはツイッター上の僕のアカウントに貼り付けて著作権フリーで公開していて、ご自由にダウンロードしたり配布したりしていただきたいと思っています。

さて、ハッキリ言って、大半の人たちは去年の3月の段階までは「放射性物質」なんて言葉自体そんな意識したこともないという、真っさらな状態から始まっていますよね。それで3月の原発事故以来、たくさんの専門家の方が講演会や書籍などでいろいろ放射線について説明してくださったんですが、やはりどうしてもお母さんたちや中高校生にとってはハードルが高いということもありました。

一方、僕は放射線については専門家というわけではないですが、ある程度基礎知識があり、子供たちにわかりやすくかみ砕いて説明することに関してはプロですので、そのスキルをうまく活用して専門家と一般の方との橋渡しができないかな、というふうに考えて、こういうスライドを作成したわけです。

たとえば放射線のことを説明するときは、本当に「概念だけわかればいい」という感じで、専門家から見れば「こんな説明じゃダメだ」とツッコミを受けるような大雑把な説明だと思います。「放射線とは強いエネルギーを持ったビームみたいなもので、たくさん浴びると身体に良くないです」「放射性物質とは放射線を出す物質のことで、非常に不安定でほうっておくとどんどんなくなっていきます」「放射能とは放射性物質が放射線を出す能力のことです」というふうに説明させていただいています。これは説明というより、概念を理解してもらうために言葉を簡単に直しているだけみたいなことなんです。

さらに、放射性物質が崩壊して放射線を出すイメージを図解して載せたりしています。たとえば「放射性物質というのは不安定で、今にも破裂しそうな状態です」というふうに、原子が崩壊して放射線を出すことを、イメージしやすいように「破裂」と表現しています。「放射性物質が破裂して放射線を1発出します」というようなイメージで皆さんに説明しています。

それで、「放射線を出して安定した物質になったので、もうこれ以上放射線は出しません」「基本的に一個の放射性物質は一発放射線を出したらもう放射線は出しません。ものによってはβ崩壊やγ崩壊して2発放射線を出すものもありますが、基本的にはずーっと出しっぱなしになるのではなくて、一回出したら安定した物質に変わりますよ」と説明しているんですね。もちろん、厳密に言うと違うんですが、こういうふうにイメージしたほうがわかりやすいと思うんです。

これはたとえば、けっこう勉強している意識の高いお母さん方でも、放射性物質というとずっと放射線を出しっぱなしだと思っている方が多いんですね。たとえば半減期が30年だと言われたら、30年間放射線を出しっぱなしになると思って怖がっているところがあるので、まずその辺の誤解から解いていくために、ちょっと極端な形で説明しているんですね。

他にも「崩壊したときに出る放射線の種類も、放射性物質の種類によって異なります」とか「今回の事故で出てきた放射性物質はこういうものです」というようなことを説明しているんですが、福島のお母さん方にこういう話をするときに、いちばん手応えがあって皆さん「ああ、そうなの」と納得されるのは半減期の説明なんですね。

皆さん、たとえば半減期が30年の物質と言うと、30年間放射線を出しっぱなしで常に同じくらい放射線を出し続けていて、30年経たないと半分にならないと思いがちなんですね。その誤解を解くために、半減期というものの概念を絵で簡単に説明したりしているんですが、たとえば半減期8日間の放射性ヨウ素は、仮に10個あったら8日間で5個崩壊して安定し、その際に5発の放射線を出すイメージですね。ですから、半減期30年のセシウム137は、仮に10個あると30年かかってようやく5個崩壊して安定することになります。

こうして比較すると、どちらが放射線を出しにくいかと言えば、当然半減期が30年のセシウムのほうが崩壊しにくいから、放射線を出しにくいという言い方もできる、だから、半減期が長いほうが怖いというものじゃないんだよ、というふうに説明しています。たとえば半減期が2万4千年と非常に長いプルトニウムについては、僕の周りでも一時期ものすごく気にされている方が多かったんですよ。「半減期2万4千年のプルトニウムってどんなの?」「2万4千年経たないと福島はきれいにならないのか?」というようなことをたくさん聞かれました。

それに対して「たとえば10個のプルトニウムがあったら、2万4千年経ってやっと5個崩壊するということですから、1年くらいではほぼまちがいなく崩壊しませんよね。崩壊しないということは放射線を出さないということですから、気にしなくていいんじゃないですか?」というふうに説明すれば、ある程度「ああ、なるほど」とわかっていただけたりしますね。

そんな感じで、スライドで絵を使って説明したりとか、お母さんたちや子供たち向けに説明しているんですが、これはもう、説明をしていると何回も同じことを聞かれるので、だったらスライドにまとめておこうかな、ということなんです。

郡山の住人だからこそ信じてもらえる

佐藤:これは今回この場を借りて言っておきたいことなんですが、福島県では今放射線に対しての検査体制なども非常に整ってきていると思うんですね。食品の検査にしても、他県に比べて非常に精度を高くやっていまして、ホールボディーカウンターによる全身検査なども行われるようになってきましたので、検査体制なんかは非常に整ってきています。

そういう意味で、個人の被曝量管理や食品による内部被曝の正確な数値の割り出しなどもだんだんできるようになってきているんですが、ただそこで新たに問題になってくるのは、数値を受け止める側のお母さんたちや一般の方たちがその数値を見て、それがどういうことなのかをわかっていないということが非常に大きいんです。

25日に福島県郡山市でやった講演でもたくさん意見をいただいたのが、たとえば「私は妊娠中なのでホールボディカウンター検査を受けました」という方がいらして、そのときに何人かで受けていたんですが、検査をした方が「はい、あなたND(検出限界以下)、あなたもNDね」というふうに測定した数値を読み上げていくらしいんですね。ところが、その方は「あなた0.184ね」というふうに、単位も抜きで数値だけ言われたそうなんです。

まあ、mSvにしろμSvにしろどんな単位だったとしても、どちらにせよ0.184という数値だったら大して問題はないと思うんですが、その方は「前の人が検出限界以下だったのに、自分だけ数値を読まれたということは、何かまずいことがあるのかな」と不安になってしまったそうなんです。やっぱり福島県の人たちは、まだみんな放射線に対してはナーバスな状態なので、「えっ、読み上げちゃうの?」とか「あまりみんなの前で言わないでほしい」という気持ちもあるらしいんですね。

数値的にもし大したことがなかったとしても、「この人がNDなのに私は数値が出ちゃったのは、どういうことなんだろう?」という不安がやはり消せないということなんですね。ホールボディカウンターの測定をやっていると言っても、そこで出た数値がどういうもので、どのくらいの数値をどういうふうに評価すべきなのか、という根本的な部分でまだ下地が固まっていない方が多いと僕は思うんですね。

食品に関しても同じことが言えて、食品なんかも検査体制は他県に比べると比較的整っていますし、福島県の出荷した食べ物の放射線量というのは、福島県の公式サイトの「ふくしま新発売」というページで、「○月から×月までに収穫された□の野菜」というふうに検索語を打ち込んでやると、どこ産の野菜が何ベクレルとか、全部出てくるんです。そういうサイトの存在も、福島県のホームページでそういうことをやっているということも、意外とみんな知らないんです。もう事故から1年以上経っていますけど、僕が「こんなページがありますよ」と言うと、「へぇー、そうだったんだ」という話になって、「ああ、やっぱり知らないんだな」と。

しかも、そこでまた問題なのは県や国が打ち出している方針であったりして、多分皆さんも「今は0Bqを目指すべきである」という意見を聞いたことがあると思うんです。そう言っている方がけっこういて、たとえば県議会の議員さんや学者の先生にも言っている人がいます。その「0Bq」というのは、原発事故によってまき散らされた放射性物質について「0Bqを目指す」という意味だと思うんですが、ただ、それをあまりに言い続けることで「食品の放射性物質は0Bqじゃないと危ない」というところまでいってしまっているんですね。

僕は評価の仕方として、それはちょっと違うのではないかと思います。たしかに放射性物質で汚染された食品を好き好んで食べる人などはいないとは思いますが、たとえば70Bq/kg程度汚染されているような食品を食べてしまったときに、普段からあんまり「0Bqを目指しましょう」とばかり言っていると、「ああ、70Bqも食べちゃった、私もうダメかも」と極端に心配して悩んでいる方も出てくるわけです。

そうすると、Bqとはいかなる数値であるかとか、それを内部被曝に換算した預託線量のような基本的な知識部分をもうちょっと定着させてからじゃないと、いくら検査体制を厳密にして数値をちゃんと出しても、たとえば11Bq/kg程度のほとんど気にしなくていいような数値になったとしても安心は得られないだろうし、実際に得られていないんじゃないか、と思うんですね。

そういうことも含めて、こういうふうに放射線の基礎知識みたいなことの説明をあちこちでやっているんですが、とくに自分から進んで積極的にやっているというわけではないんです。僕自身何の団体にも属していませんし、とくに何かの主義主張があってやっているわけではないんですが、説明を聞いた方から「わかりやすかったので、こっちでもお願いします」というふうに頼まれて、あちこちへ行ってやっているだけなんですね。

他の方がやっている講演会などをたくさん聞いている方もいるんですが、そういう方も、結局僕の講演会がいちばんスッと入ってきてわかりやすかった、と言ってくださることが非常に多いんですね。これは別に僕の講演がうまいというふうに自画自賛しているわけではなく、いちばん大きな理由としては、要するに僕が現地の郡山に住んでいる人間だから素直に受け容れられる、ということだと思うんです。

今の福島県の人たちは、原発事故のいちばんの被害者で、放射線をいちばん浴びる環境にいるわけです。それで「避難したほうがいい」とか「避難するべきだ」と言っている人もいるんですが、ハッキリ言ってそんなに簡単に全員が避難できるわけはないんですね。

たとえば、ウチなんかもそうなんですけれども、要介護の高齢者が家にいたりしたら、避難のために移動する過程で死んでしまうかもしれないというリスクだってあります。さらに、これもリスク比較の話になりますが、放射線被曝で0.0何%がんの発生率が上がるというリスクを気にするあまり、たとえば財産を失ったり生まれ育った住み慣れた土地を離れなければいけないというリスクを背負ったりするのは、やっぱり辛いことだと思うんですね。

そうすると、福島県の問題に対して他の県の方がいかに理詰めで「福島県のリスクはそんなに大したことないですから、気にせず暮らしていても大丈夫ですよ」という話をされたとしても、「いやでも、それはあなたがここで暮らしていないからそう言えるんでしょう?」となって拒絶されてしまうというところがあると思うんですよ。

ですから、たとえば僕とまったく同じ能力値、同じ容姿、同じ声、同じ話し方の方がもし他にいたとして、それが県外の人だとしたら、全然話を聞いてもらえないと思います。僕がいちばん話を聞いてもらえるのは、それこそ郡山市に住んでいて、郡山市でずっと暮らしていることを話を聞いている皆さんが知っているからですね。「郡山市に住んでいる人がこう言っている、この人がこう言っているということは、本当に心の底からそう思っているんだろうな」と信じてもらえることがすごく大きいと思うんです。

危険情報に対するカウンターとして

佐藤:そういうこともあって去年からいろいろお話ししてきたんですけれども、僕はどっちかと言うと今は福島県に住んでいてもとくに問題ないであろうと考えて暮らしていますので、実際に講演で話をするときも「大丈夫ですね」というふうに話しいます。

去年なんか、今年の春頃にはもうバタバタ子供が死ぬというようなことを言っている人たちがけっこういましたよね。皆さんも絶対知っているはずですね、あいつとかあいつとか(会場笑)。それはもう福島県の人たちもみんな「誰も死んでないじゃないか」と思っているわけです。これは狭いところだけを見て言っているわけじゃなくて、たとえば「変な鼻血をドバドバ出している子供がいる」とか言っていた人がいましたが、そんな子供なんかいないわけで、もしいるとしたら、鼻をほじりすぎとかそんな理由であることはまちがいないわけですが(会場笑)

やはりそういう「怖い情報」が余所から入ってきすぎていて、福島県の皆さんの冷静な判断を損なっている状態が続いていて、そういうストレスを抱えた状態だとなかなか正確な情報の取捨選択が難しいということもあるんですね。とくに勉強しようという意識がある人ほどそういう傾向があって、勉強するというと、今時だとまずインターネットで検索しますよね。それでたとえば「福島県・放射能」なんて検索語で調べたら、今でもどえらい情報ばかり出てくると思いませんか?(会場笑) たとえば「福島はもう終わってる」というような話がパッと出てくるわけですね。

そういう話のほうがやはり目立ちますし、マスコミではやはりどちらかと言うと危機感を煽る意見を報道している率が多いんですね。全国紙もそうなんですが、新聞・テレビよりも週刊誌や雑誌みたいなものはとくに、センセーショナルな記事を書いて注目を浴びようとするところが少なからずあると思うんですね。先ほど触れた郡山市のアンケートの回答でも「そういう報道に怒りを覚えます」という意見が多々出ているんです。

ここで25日に郡山市のお母さん方からいただいたアンケート用紙を実際に見ていただきますが、「福島県で子供を育てる者として今現在の思いを自由にお書きください」と言って、「本当に何でもいいから書いてください」とお願いして書いてもらったものです。これも僕がただ「こういう意見がありました」と言っただけだと「捏造だろう」と言われるかもしれないので、実物を持ってきました(会場笑)

そこで何本か意見を読み上げてみますが、たとえばこれはこの方だけじゃなくて去年からたくさん聞くんですが、「危険を煽るマスコミの方々に非常に怒りを覚えます。また、『福島の人たちは何も知らされていない』と言う県外の人にも腹が立ちます」というご意見で、たしかに「福島の人たちは、何も知らされていないから暢気に暮らしていられるんだ」というようなことを言っている人はよくいますよね。

それはもう福島県民はかなり勉強していますから、「なめんなよ」という話なんですよね(会場笑)。去年なんかは本当に、勉強しないとどうなるかわからない状況だったわけですから。放射線に対する意識の高さという意味では、当然福島県民がいちばん高いと思うんです。なかにはそうでもない人もいるかもしれませんが、総合的に割合を考えたら福島県民の意識は高いはずなんです。ですから、こういうふうに「福島の人たちは、何も知らされていないから暢気に暮らしているんだろう」と言う人たちには腹が立ちますね。

これは「郡山市から避難した人が、ネットを通じて『危険、危険』と騒ぐことにも腹が立ちました」というご意見なんですが、ネットではやはり匿名性があるからというのもありますが、「危険だ」と言う人のほうがどうしても目立ってしまうんですよね。でも「危険だ」と断言する人はけっこういるんですが「安全だ」と断言してくれる人は数が少ないですし、同じ断言するにしてもそちらのほうが叩かれる率が非常に高いです。

こんなことを言ったら失礼かもしれませんが、学者の先生なんかもマトモな方は「危険だ」なんて断言しないんですよ、ちゃんとした方は(会場笑)。ちゃんとしていない人ほど、「はい、危険!」とか…誰とは言いませんけど(会場笑)。そうなってくると、たとえばこれからお話する安東さんのエートスをはじめ、いろいろな方が取り組んでいる「住民主体で住民が考えて行動しよう」という活動でも、その住民が得られる情報のソースが「危険だ」と断言するような情報で溢れている状況ができてしまっているわけです。

「安全か危険か」という二元論でしか物を言わない人は、だいたい「危険だ」というほうにいってしまうもので、ちゃんと考えれば、たとえば「これこれこういうことで今の数値はこのくらいだから」という話になるはずなんです。たとえば、「チェルノブイリはこうだったから、今の現状から考えるとリスクはこれくらいなので、避難するリスクと天秤にかけたら、避難せずにここで暮らして大丈夫じゃないですか」みたいなマトモなことを言ってくださる方がいても、「結局どうなんですか、安全なんですか、安全じゃないんですか?」と聞かれると、振り出しに戻ってしまうんですね。ですから、これがなかなか伝わりにくいところなのかな、という気がするんですよね。

僕なんかは福島県に住んでて「大丈夫だろう」と考えて普通に暮らしていますから、去年からマスクもしないでウロウロしているのをみんなに目撃されています。僕としては、基本的に福島はそんなに危険ではないし、普通に暮らしていて害が生じるようなレベルではない、と思っています。ですから、安全寄りに考える人のなかでも、僕は「大丈夫です」と言い切ってしまう「マトモじゃない人」の立場でもいいのかな、と思って活動しています。

今はやはり、そういうふうに言う人も必要な状況になっているのかな、という気がするんですよね。「福島は危険だ」と断言している人があまりにも多すぎるので、それに対するカウンターがないと「自分たち主体で考えてください」と言われたら全員「じゃあ逃げます」となってしまうような状況になりつつあるんじゃないか、という危惧はあります。

福島県から避難することに関しても、僕は基本的に講演会などで話すときには決して「逃げないほうがいいですよ」とは言わないんです。それはもう、心配で心配でしょうがないくらいだったら、逃げられるのであれば逃げたほうがいいじゃないですか。ですから、「どうしても心配だったら、福島県から避難したほうがいいでしょうし、福島県産野菜を食べたくなかったら、食べなくていいと思いますよ」と言ってますし、実際そうすればいいと思います。

ただ、福島県産の野菜を食べる人や福島県に残っている人に対して、何か「福島県にいる奴はアホ」みたいな極論を言う人が多いんですね。それに乗せられて、今度は福島県から出て行った人と残った人の間で「福島県対決」みたいなわけのわからない状況ができていると思うんですよ。

避難も残留も選択肢として等価

佐藤:県外に出て行った人が県内に残っている人に「えっ、まだいるの、大丈夫なの?」みたいに言っていて、県内の人は「もういいよ、そういうの」となっているような場合がすごく多いんです。先ほど触れたお母さん方の声のなかでも「なぜ福島にいるの?と他の地域に住んでいる人から思われるのが非常に辛いです。涙が出ます」「福島県にいるからということで他府県の人から過剰にかわいそうだと思われるのが辛い」というような意見がたくさん出ていて、これは本当にそうだと思うんですね。

たとえば福島県の放射線量がすごく危険だと思っている人は、「福島県にいる人は、逃げたいんだけど仕方がなく我慢しているんだ」なんて思っている人がけっこう多いと思うんです。でも、それは決してそういうことではなくて、福島県に住むことを選択して当然放射線のリスクについても考えたうえで、福島県で暮らしていきたいと思って暮らしている人がほとんどなんです。なかには当然、避難したいけれど事情があって避難できない人もいるとは思うのですが、福島県に残っている人というのは、基本的にはちゃんと考えたうえで福島県で暮らしていこうと考えているわけです

そらから、子供を守ろうということで福島県からの避難を支援してくださる団体の方もいますが、これはやはり福島県のことを考えてくださっているわけですから、僕とは立場や考え方が違うにしろ、非常にありがたいことだとは思っています。ただ、そういう団体の方の意見は少し過激になりすぎていて、子供を福島県に残している親のことを悪く言ったり、「勉強不足だ」という言い方で非難したり、県内に残ることイコール悪、みたいな姿勢になってきているのが、ちょっと問題ではあるのかなという気はしますね。

避難したいと思う方たちを支えてくださるのは非常にありがたいことですし、感謝している方もたくさんいると思うんですが、避難する・しないというのは別にどちらが正しいというものではないですし、避難していない人が勉強不足なわけではありません。ちゃんと考えたうえで選択したことですから、そこは理解していただきたいと思います。

これは避難支援を受けている方から僕が直接メールで聞いたお話ですが、その方はそういう団体の支援を受けて避難をして、1年くらい経ってからたまに帰ってきたときに、高校生が駅前で普通にダベっていたりするところを見たりするんですね。そういうのを見てあらためて勉強し直して、「あれっ、これは福島県で暮らしても大丈夫なんじゃないかな?」と思ったとしても、今まで支援をしてくれた方々に対して「やっぱり大丈夫そうなので帰ります」とはなかなか言い出しにくいところがある、というような話もけっこう聞くんですね。

たしかにそれはそうだろうとは思うんですよ。避難支援してくれている方は、福島県に住んでいると危険だと思っているから一生懸命支援してくれているわけですし、その方も同じように考えて今までその活動の恩恵にあずかってきたわけですから。しかし、そういうふうにちょっと考え方が変わったり、1年経って現状を見て帰りたいと思ったときに、遠慮して帰りづらいような状況があるというのもちょっと違うんじゃないかな、という気はするんですよね。

ですから、そういう団体の方でこの中継を見ている方がおられるなら、今まで支援してくださったことはありがたいですし、本当に素晴らしい活動だとは思うのですが、もし仮に福島県に帰りたいと考える方が出てきた場合は、気持ち良く送り出してあげてほしいと思うんです。こういう場合には、本人の意志がいちばん尊重されるべきだし、基本的に人間の意志や考え方なんて変わっていくものじゃないですか。考えが変わったからといって「裏切り者!」と責めるような極端な方向に走らずに、「そうなんだ、じゃあ頑張ってね」と送り出してあげるのがいいんじゃないかな、と僕は思います。

今は福島県から避難している方もたくさんいて、僕の塾の生徒の方でも避難している方がけっこういますが、避難した人に対して残っている人たちが「おまえ、なんで出て行くんだよ」と言うのではなくて、「そうなんだ、じゃあ向こうでも頑張ってね。今度遊びに行くから」というような感覚で、人との関わりの輪が拡がるというくらいの認識でもいいんじゃないかな、と僕は思うんですよ。もし考えが変わって帰ってきたのであれば、「ああお帰り、どうだった?」というふうに、軽く受け容れられるような姿勢ができればいいかなと思います。

そのためにはやっぱり、放射線に対する誤解を解く必要があって、今でも何かもう「放射線をちょっとでも吸ったら死ぬ」みたいな意識の人って少なくないですよね。でも、そうではなくて、すべての問題はやはり「度合い」が重要だと思いますし、放射線のリスクでも、リスクのある・なしではなく、どの程度のリスクなのか、どのくらいの危険性なのか、ということを考える必要があります。危険だと言うのであれば、そこら中、何でも危険はあるということになるんですね。室内にいてもインフルエンザウィルスの危険性があるかもしれないし、外を歩いていても交通事故で轢かれる危険性はあるわけです。

身の回りにいろいろなリスクがあるなかで、それがどの程度危険で、どのくらい気にすべきことなのかということを、まずは自分なりの尺度で考えられるようにならないとダメなのかな、という気がします。

原発の是非を論じている場合じゃない

佐藤:そろそろまとめに入りますが、最後に強く言っておきたいのは、今の福島県では検査体制が整ってきて数値などが厳密に測定されたり報道されたりするようにはなってきたのですが、まだそれを適切に扱える段階に達していない一般の方も非常に多くて、その数値を正確に評価できない方も非常にたくさんいらっしゃるということを県外の人に知ってもらいたい、ということです。

僕が半減期などの説明をして「ああ、そうなんだ」というリアクションがくるということは、まだ半減期についても今までちゃんと把握していなかったということですし、たとえばBqという単位について「1秒間に○個の放射性物質が崩壊して放射線が出ていますよ」という説明をしても、「ああ、そういうことなんですね」という話になったりしますので。そういう基礎的な知識をまず固めてから、検査体制などを厳密にしていけるとなお良いのかな、ということがまず一つあります。

あと、もう一つ言いたいこととしては、結局福島県の人たちにとっては、福島県から離れることに対するストレスもすごく大きいんですよ。これは多分皆さんも同じだろうと思うんですが、やっぱり地元愛って何だかんだ言ってあるんですよ。福島県を離れなければいけないということが、低線量放射線で直接被害を受ける以上に人の心を蝕んで、心から身体に悪影響を及ぼしてくることもあるということなんですよね。ただいたずらに福島県からの避難を呼びかけるだけではなく、福島県に残るという選択肢を選んだ人たちにかける言葉についても少しは考えていただきたいな、とは思いますね。

福島県に残るという選択をした人に「大丈夫なの?」と聞くのもまた、その人たちにストレスを加えることになると思うんですね。それは大丈夫だと思っているから残っているのであって、心配してくださるお気持ちは非常にありがたいのですが、それを言葉に出して「心配だ」というふうに言われて「人から心配されてしまうようなことなのかな?」となると、また気持ちがマイナスのほうにいってしまう場合もあります。

ですから、「普通に」接してあげてください、と僕は言いたいんですね。福島県の方々に対しては、普通に接するのがいちばんなんです。普通ですから、福島県は。これについても、先ほどのアンケートの意見を紹介しておきたいんですが、「住み慣れた郡山市でずっと生活したいです。子供を育てたいと思いつつ不安もありました。でも、勉強して頑張っていけそうになりました」というようなお母さんたちのご意見がたくさんありました。

やはり漠然とした情報を与えている方が多いので、こういう勉強会を開いて福島県の勉強をしていくことというのが非常に大事なのかな、と思っています。ちなみに、僕自身は本当に何の団体にも属していませんし、ハッキリ言うと、とくに何かの目的があってこういうことをやっているわけではないんです。僕は原発に対しては賛成とも反対とも言っていませんし、今はそんなことを言っている場合じゃないと思います。原発問題について言うと、僕が講演会をやってお母さんたちにフリーで質問を求めた場合、原発の是非について聞いてくるお母さんなんてまずいませんし、実際に今まで一人もいませんでした。

そんなことを言っている場合じゃないんです、福島県は。原発の是非という問題は、これから先にもしも事故が起きると放射性物質の汚染などで被害に遭うかもしれないから、その前提で議論するという話じゃないですか。でも、福島ではもう起きていますから、すでに。すでに放射性物質がそこまで来ている状況で、「これから先原発は必要か必要じゃないか」なんてことを考えている場合ではないんですよ。そんなことよりも、まずとにかく現実に存在する放射線をどうするかという問題のみを今の福島県民は考えているわけです。

今は脱原発とか反・反原発とかいろいろな議論が出ていますけれど、今の福島はすでにそういうフェイズではないので、その辺の現実を理解してもらいたいな、と思うんです。つまり、原発の是非のような議論のプロパガンダとしてあんまり福島を使わないでください、という気持ちが非常に大きいですね。今はそれどころじゃない状況なので。お母さんたちの意見を見ても、「ここに住んでいて本当に大丈夫なのか」と自問自答をくり返していたり、子供がいるお母さんなんかは「子供がいるのに残るという選択をして、それは本当に正しかったのか」と悩んでいる方が非常に多いんですよ。そういう方々に対しては、僕はこれからも「その選択はまちがいじゃなかったですよ」と断言していきたいと思っています。

そこで、自分で残るという選択肢を選んだ方々に対して、「あなたは子供をがんのリスクにさらしているんだ」というような言い方をするのは、ぜひやめていただきたいと思います。それは違いますから。子供をリスクから守るという意味では、たとえば父親の元を離れて母子だけで逆単身赴任みたいに避難することにも、父親と触れ合えないとか、自分の故郷や友達と離れなければいけないというリスクがあったりするわけです。

ですから僕はこれからも、「個人が下した選択であるなら、避難という選択も残留という選択もどちらもまちがいではない」と断言していきたいと思うんです。今の現状だと「残っていることはまちがいだ、残っている奴は本当にダメなんだ、勉強不足だ」というようなことを断言している方のほうが多いので、それに対するカウンターパンチャーとして、僕はやや安全寄りの話をしていきたいと思っています。

今日は皆さんに福島県のお母さんたちの声をいろいろ聞いていただけたこともよかったと思います。最後になりますけれども、福島県のなかで屋外での活動を制限されている地域が多かったり、自主的にそれを制限している学校もありますが、屋外での活動を制限していることによるストレスのようなものを子供が感じていたり、それに対して不安を感じているお母さんもいますので、そういう現状もわかっていただきたいな、と思います。

放射線から遠ざけさえすれば、ストレスやリスクからすべて解放されるというものではないんです。それをやることによって、何らかの犠牲は払っているわけですし、そのことにリスクや不安を感じているお母さんたちもいるんです。ですから、どちらかに一方にだけ転んで極端なことを言わないでほしいというのが僕の希望です。

僕はこれからも福島県で、お願いされたときに限ってこういう講演活動をやっていこうかな、と思っています。基本的には報酬はいただいていなくて、お願いされたらそこに行ってこういうお話をして帰ってくる、というのをくり返しているだけなんです。でも、これからももしかするとまたこうして東京の方とお話をする機会もあるかもしれませんから、福島県で講演があれば参加者の声は集めておきたいと思います。では、本日はご清聴ありがとうございました。

質疑応答

司会:佐藤さん、ありがとうございました。では、質疑応答に移りたいと思います。では、質問のある方、挙手をお願いします。

質問者A:会津若松生まれで新潟育ちです。私は放射線が専門じゃないんですが、現在新潟市で放射能汚染の不安を解消する目的で公開セミナーを開催しています。そのセミナーについて今頭を悩ませているのが、いわゆる低線量被曝の問題です。100mSv/y以下の低線量被曝というのは、学問的には安全だとも明らかに危険だとも言い切れないという現状ですが、私の立場としては「低線量被曝は不安ではない」という意見です。

数mSv/y程度の被曝というのは、自然放射線が全世界平均で2.4mSv/yあって、それに医療被曝も含めると、基本的にわれわれ日本人が事故以前から普通に浴びていた程度の被曝量だと思うんです。ですから私は「安全です、心配しなくてもいい」という立場なんですが、ある新聞社の地元新聞記者から「一方的に安全だという立場で説明をするのは恣意的ではないか」というご指摘があったんです。

たとえば、閾値のない線形モデルのいわゆるLNT仮説を元に「決して放射線被曝に安全などない」という立場の人もいるわけで、そういう立場の見解も含めて両論併記して、最終的にはそれを判断するのは聴衆だという立場でやるべきだろう、という批判を受けているんですが、先生はその問題を説明するときに、どのような立場でお話をされていますか?

佐藤:僕に関して言うなら、極端に言って「低線量被曝は気にするべきではない」と言っています。これにはちょっと理由があって、福島県では当然僕以外のいろいろな方もたくさん講演会をされているんですが、たとえば低線量被曝は危険だという話をされたうえで、医療被曝のリスクの話をされている方もけっこういるんですよね。それで「医療被曝も低線量被曝もリスクはゼロではない」という話を合わせてやってしまうことによって、今父兄の方でお子さんが頭を打ったときに「レントゲンやCTスキャンで被曝するのがイヤだから検査をしない」と言っている方がいるんですよ。

医療被曝の話と「LNT仮説では低線量被曝も危険はゼロではない」という話を直結してしまうと「医療被曝も怖い」という話になってしまって、医療被曝も避けるということになりますが、それで頭を打ったときに「CTスキャンもレントゲンもやらない」というのであれば、絶対にそのほうがリスクは大きいですよね。でも、実際にそう言っている方が大勢います。先ほどご紹介したアンケートでも、実際に「3才の子供が頭を打ちましたが、CTスキャンを受けていいんですか?」というご質問が出たりするんですね。

しかし、たとえばLNTで言う閾値なしモデルと、100mSv/yで閾値ありとする閾値ありモデルの二つがあるとしても、今の福島県の被曝量なんて100mSv/yとは全然桁が違うじゃないですか。でも、「100mSv/yは危険か危険じゃないか」という議論をするあまりに、現状の被曝量をちゃんと把握せず、100mSv/yより桁違いに低い値だという事実をすっ飛ばして「危ないんじゃないか、がんのリスクが増えるんじゃないか」と過剰に恐れている人がやっぱり多いんですね。

僕の立場としては、そういう人をたくさん見ていますし、医療被曝を避けるリスクのほうがどう考えても高いと思いますので、たとえば現状の年間5mSvとか3mSv程度の被曝量だったら、それを気にして医療放射線を避けることに意味はないですから、それは避けないほうがいい、むしろそんなことにビビらずCTスキャンを受けたほうがいい、という方向に話を持っていっています。

質問者A:それから、これは要望なんですが、先生に新潟でもこういう講演をお願いできれば、と思います。新潟県内には福島からの避難者が約7000人おられて、その半数ぐらいはいわゆる中通り地区からの自主避難者のお母さん方なんです。それで新潟市が空いた農家を借り上げて交流施設「ふりっぷはうす」という施設を作っていて、そちらに木村真三さんが何回か訪れて勉強会をされているんですが、それには私も参加しました。

この「ふりっぷはうす」に郡山在住の佐藤先生に来ていただいて、「福島県に帰ってこられるんだよ」と説明していただけたら、新潟におられる自主避難者の方にもプラスになって、将来的にはお戻りになれるんじゃないかと期待しているんです。ですから、ぜひとも新潟に来て一度「ふりっぷはうす」で講演会をなさってください。

佐藤:わかりました。頑張りたいと思います。授業がないときに(会場笑)

僕の妻が測っています

司会:ありがとうございます。他にありませんでしょうか?

質問者B:毎日新聞の斗ヶ沢と申します。第1の質問は、これまで武田邦彦さんや上杉隆さんのような人たちが福島で度々講演を行っていますが、放射性物質を危険だと思っている人たちが、安全だという話を聞くより危険だという話を聞いたほうが心が落ち着くという説があるんですが、やはり福島にはまだそういう人がけっこういるのでしょうか?

第2の質問は、よく勉強している福島の女性の人でも「頭ではわかっているんだけれど、セシウムがあるんじゃないかと思うと、どうしても感覚的にイヤだと思う」ということを言うんですけれども、そういう人に対してどんなアプローチが可能か、というのが第2点。

第3の質問としては、ここにいらっしゃる早野先生などのご努力も含めて、たとえばコープふくしまの陰膳調査とか、あるいはホールボディカウンターの調査、甲状腺の調査などで、福島では内部被曝がきわめて小さいことがわかってきて、すべてきわめて影響が少ないという結果が出ているわけですよね。そういう情報がキチンと県民の方々に伝わっているのかどうか、それがどう評価されているのか、ということをお伺いしたい、以上です。

佐藤:まず最初の質問なんですが、さっきは一応あえて名前を出さないようにしようと思ったんですけれども(会場笑)、まあもう出ちゃったのでいいかなということでお答えします。福島でも武田先生の影響がすごく大きくて、去年からもう「武田邦彦ブログ」などを読んで、「これ、大丈夫なんですか?」と何回も聞かれて、僕が「いや、これはこうでこうですよ」と説明するというのを何回も、もう下手をすると何百回もくり返したぐらいです。

それで僕のスライドではあまり他人の実名を出さないほうがいいかな、と思いつつも、あまりにも面倒なので武田邦彦教授のこともちょっと書いたりとかしたんです。あの方はやっぱり話がうまいみたいで、何か武田邦彦教授の講演に行くとお母さん方がちょっとメロメロになってくるらしいんです。それに対して「何か口のうまい塾の講師がいるらしいぞ」ということで、僕がアンチ武田邦彦みたいな形で連れてこられて、「いやいや、これは違いますよ、こうなんですよ」と言って武田邦彦ファンだった人をこっちに振り向かせる、というようなことをやったりとかもしていまして。それは非常に多いですね。

上杉さんも「郡山市では空間線量を測るときに下を洗ってから測っています」とか言っていましたけれども、測っていたのは僕の奥さんですからね、あれは。嘘を吐くな、と。あれはもう、本当にもう、ズバーンと言ってあげましたけれど。でも、そんな感じで、僕が講演するときに「僕の妻が測っています」ということも言っていて、「郡山市の数値を疑う必要はないですよ」ということをお伝えしていたので、僕の話を聞いている人たちは多分「何言ってるの、こいつ?」と思ったと思うんですが。でも、不安のほうがやはり信じやすいというか、気持ちを共有しやすいんじゃないですかね。「安心だ」「安全だ」と言っていると叩かれがちなので、「不安だ」という情報を共有したほうがやりやすいという方が多いのかな、というのは感じますね。

二つめの質問については、そういう人はまだ非常に多いと思いますが、たとえば僕なんかは郡山市に住んでいて、実際にマスクも何もせずに歩いたり、野菜も普通にそこら辺で育っているものを食べたりしているわけですよ。そういうふうに、実際にやっている人がいるから、ということで、僕がこんなに暢気にしてるんだったら大丈夫なんじゃないかということで安心してくださる人はいますよね。ですから、僕のあとで安東さんのお話もありますが、地元民が主体となって、地元で知識があって安心もしているような人が身を挺して示していくしかないのかな、というのはあるんですよね。

三つめの質問については、放射線量が低いレベルであるという数値も出ているので、皆さんある程度知ってはいます。でも、数値が出ているものと検出限界以下のものを比べたときに、「ああ、数値が出ている」とショックを受ける人や、「低線量被曝でもリスクはゼロにはならない、ちょっとでも危ない可能性はある」と言われてしまうと、気にしなくていいようなすごく低い数値でも「ああ、やっぱり内部被曝しているんだ」と不安になってしまう、という人はいると思うんですよね。ですから、そういう意味も兼ねて、本当にすごく低いどうでもいいレベルの放射線量だったら、もう「気にしなくていいですよ」と言ってあげないとダメなんじゃないかな、と考えています。

安全と安心は別のこと

司会:よろしいでしょうか。他に何か質問ありますでしょうか? 江川さん、はい。

質問者C:フリージャーナリストの江川紹子です。たとえば、子供が障碍を持って生まれたのは放射線のせいだとか、そういうふうに結びつけて報道をする人たちもいますよね。そういう人たちの報道の影響は相当強いのでしょうか、ということが一つ。それからそれに対して、私もフリーでジャーナリストをやっているわけですが、そういう誤報を一つひとつつぶしていくということをされていますか? それについて、私たちに何ができるのかということで、もし何かアドバイスがあったら教えてください。

佐藤:報道の影響は非常に大きいと思います。僕は先ほどご覧になったようなスライドを作っていて、それが最初は10枚ぐらいだったんですが、今は41枚ぐらいあるんですね。なぜかと言うと、そういうふうに極端なデマや誇張した表現の報道が出るたびに、100人ぐらいから「これはどうなんですか?」と聞かれるので、それを一々訂正するためにスライドを作っていたんですよ。それで今は膨れ上がってこんなにたくさん増えてしまったということなんですが、報道の影響は非常に大きいと思います。

たとえば、甲状腺異常についてジャパン・チェルノブイリ機構(JCO)というところが公表した「福島県の子供で甲状腺に異常が出た」という記事が出たときも、僕はジャーナリストでも何でもないただの素人なんですが、一応わざわざ甲状腺科医の方に聞きに行って「こういう数値が出ているらしいんですが、どうなんですか?」と取材していて、そこで聞いたことをスライドに書いて皆さんに説明したりしていましたので、それはもう非常に影響は大きいですね。

大体そういうのって、もし後で記事を書いた人がまちがいだったと認めたとしても、ちゃんとした訂正記事を流さないじゃないですか。最初に報道されたときの熱と、訂正記事のときの熱が、もう熱湯とぬるま湯みたいな感じで全然違いますよね。そうすると、後で訂正記事が出されても誰も見ないですし、もうみんな、何に対する訂正記事なのか忘れているんですよ。ですから、たとえば何か「明らかにこれは誤報だろう」みたいな報道が出た場合は、同業者同士でそういうことをするのはイヤかもしれないんですけれども、名指しで「こいつのこれは違うよ」とハッキリ言ってほしいんですね。

たとえば、ジャーナリストだけじゃなくて学者の先生なども、さっき名前が出たようないろいろ言っている人たちがいますよね。その人たちについても、たとえばブログで何かを書いたらそれを採点するというように、誰かに赤ペン先生みたいな感じで採点していただきたいな、と思います。そういうことについては、フリージャーナリストの方々に非常に期待していますので、よろしくお願いします。

司会:よろしいでしょうか。では、この講演の中継を見ていらっしゃった方からも質問がきているので紹介したいと思います。「外で遊べない子供たちのために、大型屋内遊戯施設を造ろうという活動があります。実際にできていると思いますが、そういった要望や、そういう施設ができたら行きたいという需要については、現地の方はどう思っていらっしゃいますか?」ということなんですが。

佐藤:現地の方は、やはりまだ不安に思っておられる方は多いですよね。不安に思っていながらも、子供に全然運動をさせられない、外に出させないのも心配だ、というようなストレスを抱えている方もたくさんおられるので、需要は大きいと思います。ですから、実際今は屋内で遊ぶプレイグラウンドのような施設がたくさんできていますが、それは非常に重宝はしていると思います。

僕やその他の先生方が放射線についての講演をたくさんしていますから、「外で遊ばせても大丈夫ですよ」というお話をされている活動はたくさんあるとは思うんですが、それはすぐには全員に行き渡らないわけです。お母さんたちが不安を抱えていて、「大丈夫かしら」と心配しながら外で子供を遊ばせるぐらいなら、室内で遊ばせておいたほうがいいと思います。ですから、当然そういう施設については需要はあると思いますし、しばらくはそういう需要がなくならないと思います。

司会:わかりました。他に質問はありますでしょうか。まだもうちょっと時間がとれると思いますけれども。はい、どうぞ。

質問者D:東京医大八王子医療センターの脇屋と申します。一つにはですね、甲状腺、これは情報という形で出ているのとは違うのですが、日本病理学会がちょうど今日で最終日だったんですが、昨日の甲状腺の分科会で、小児の甲状腺の病理の専門家が、とくに今のところ問題は出ていないというコンセンサスをちゃんとハッキリ セッションで出していますので、そういう意味での心配は要らない、と。その話も多分もう少ししたら広まると思います。

それから、これは個人的な質問になるんですが、さっきのお話に出た屋内プレイグラウンドのような施設を作ると、「公共のそういう施設を作るんだからやっぱり危険なんじゃないか」という声がけっこうあるんじゃないかと思います。同僚の医者なんかでも「政府がこういう発表をしているから危険なんじゃないか」と言っていて、「いやでも、論文を見たらこうだろう」と言っても、「そりゃそうだけど、政府がこうしているからやっぱり危険なんだろう」と言うんですよね。そういう意見についてはどうしたらいいんでしょうか。

佐藤:そういうふうに揚げ足を取るというか、そういうことを誰かが言い始めて、けっこう着火してしまうことが多いですね。それはつまり、安全と安心は違うということで、安心のためにはまずそういうものが必要なんだということなんですよね。「外で遊んだっていいけれど、それが不安なら中で遊べばいいんじゃないの?」と誰かが言ってあげないとダメだと思うんですよ。

でも、そういうところで遊んでいる子供が外で遊んでいる子供を見て、「あいつらバカじゃないか」と言うようになってもダメですよね。「外で遊ぶなんて意識が低い」という雰囲気になるのもそれはそれで違うだろう、と思います。実際、少なからずそういう雰囲気になっているお母さん方もいると思うんですが、そういうことではなくて、「別に不安なら不安でもいいじゃないですか」ということなんですよ。怖いものは怖いんだから。

たとえば、オバケを信じる・信じないで、お墓の近くに住めるか住めないかとというようなことを考えても、それは個人の裁量によって変わってくるわけです。放射線についても危険か危険じゃないかという問題ではなく、「何となく気持ちが悪い」という人は屋内で遊ばせればいいし、「別に気にしなくていいじゃないか」という人は外で遊ばせればいいということなんです。今はそういうことを言ってあげなければいけないんじゃないか、と僕は思っていて、あっちこっちでそういうことを言っています。本当は、もっと国や偉い人がそういうことをちゃんと言ってくれればいいのにな、という気持ちはありますね。

「汚れたからお掃除しましょう」という感覚で

司会:よろしいでしょうか。もう1人。

質問者E:週刊ダイヤモンドの鈴木と申します。今ちょっとお話があったんですが、国や自治体の今の現状についてのコミュニケーションのあり方とか、「どこからどこまで安全と考えるか」というようなお話もそうなんですが、それについて何か「こうしたほうがいんじゃないか」というご提案はありましたか?

佐藤:国が何かを推奨し始めると、その推奨ラインが本当は安全ラインで、それ以外の今までのやつはごまかしだったんじゃないか、危険なのを「なあなあ」でごまかしていたんじゃないか、という発想で考えてしまう方が多いですね。それこそ暫定規制値を100Bqに下げたことで、「じゃあ、今までの100Bq以上の規制値は何だったんだ」というような話になってしまうわけですよね。それがどんどん激化していって、たとえばスーパーなどでは自主規制値のような基準を打ち出したりしていますよね。「20Bq以下でない食品は入れません」とか。

そういうことをやり始めると、今度は「あそこのスーパーは20Bqを基準値だと言っているのに、国の規制値が100でいいのか?」というようなことになったりして、それが「値下げ戦争」ならぬ「放射線線量下げ戦争」のようなわけのわからないことが起きています。しかも市議会の人などで、「0Bqを目指します!」なんてズバッと言ってしまっている人などもいるわけです。

それは何となく聞こえは良いですし、目指すところとして悪くはないのかもしれないですが、それを言ったら、みんな「じゃあ、0Bqじゃない食品は危ないんじゃないの?」という発想で考えてしまうので、少しずつ被曝量を下げていく努力は当然しなければいけないとは思うのですが、現実的ではない数値をいきなり打ち出してみんなの前で言ってしまうと「その基準じゃなきゃ危ないんだ」という発想になってしまいます。ですから、被曝量を下げていく努力というのはもっと静かにやるべきなんじゃないかな、というのは思いますね。

司会:じゃあ、次で質問は最後にしたいと思います。

質問者F:郡山で生まれて現在は都内在住です。郡山在住のお友達にどうしても聞けないことがあって、それは除染のことなんです。私は除染というのはとてもたいへんなことで、物理的に難しいんじゃないかと思うんです。お友達には真剣に除染の活動をしている方もいますから、彼らにこういう質問ができないんですが、本当に除染は必要なのかということをお聞きしたいんです。

佐藤:はい、除染に関して言いますと、たとえば市街地の除染は大掛かりにやればけっこう数値が下がったりはしているんですね。でも、山林の除染はかなり難しくて、木の表皮に着いている放射性物質がどうしようもなかったり、木が生えているところの表土が汚れていたりするとそれを全部はがすわけにもいかなくて、なかなか進まなかったりしますよね。しかし、街中の除染に関して言うと、少しずつ数値が下がってきているので、効果はあると思うんですよ。除染していないところも自動的に下がってはきているんですが、郡山市の合同庁舎の数値なんかは、あれは除染していないんです。定点観測のために、除染せずにずっとおいてあるんです。

除染に関しては、僕は「汚れたからお掃除しましょう」という意識でやっていくべきだと思うんですよね。除染に取り組むときも、それこそ「すごく危険なものを取り扱っている」という感覚でやるのか「ちょっと汚れているからお掃除しましょう」という感覚でやるのかによって、同じ労力をかけるのでも精神的な負担やストレスがけっこう変わってくると思うんですよ。

放射性物質がすごく怖いものだとか、吸い込んだら命がない、完全防備じゃないと除染できない、というような意識でやっているのか、それとも「今の線量はそんなに心配すべき量ではないが、線量を下げていくためには除染をやらなえればいけないよね」というような意識でやるのかによって違うと思うので、そこもやはり、一人ひとりの意識を変えていくというか、ある程度知識を得たうえでないと除染もなかなか難しいのかな、というのはありますね。

今は放射性物質がすごく怖いという前提の下で除染している方が多いので、よけい市や東電に対する怒りが湧いて、「なんでこんな危険なことを私たち市民がやらなきゃいけないの?」というような不満が非常に大きいと思うんですね。怒りはあって当然だろうとは思うんですが、それでもある程度みんな「除染というのはそんなに危険な行為ではない」ということを認識して除染したほうがいいのかな、という気はしますね。もちろん、高線量の原発周辺地域では話が違いますが、郡山市などでは、ということです。

司会:ありがとうございました。では、これで佐藤順一さんへの質疑応答を終わりにしたいと思います。では、講演された佐藤順一さんに拍手をお願いします。

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